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利根川水系の浄水場における水質事故

文責 : 山下 裕子
平成25年9月3日

利根川水系における水質事故

   平成24年5月に利根川水系の浄水場において水道水質基準を上回るホルムアルデヒドが検出され、広範囲(茨城県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都)に及ぶ浄水場の取水停止や断水を伴う水質事故が発生した。

 

  • 【取水停止をした浄水場】
  • 浄水場 取水停止の期間
      群馬県東部地域水道浄水場   5/18 23:45〜5/19 10:14
      茨城県五霞町川妻浄水場   5/19 3:00〜9:00
      埼玉県行田浄水場   5/18 22:30〜5/19 5:20
      千葉県野田市上花輪浄水場   5/18 15:55〜5/22 6:00
      北千葉広域水道企業団
      北千葉浄水場
      5/18 19:15〜5/19 1:30
      5/19 7:25〜17:30
      千葉県栗山浄水場   5/19 0:30〜8:05
      5/19 11:45〜18:40
      東京都三郷浄水場   5/20 9:30〜詳細不明
    出典:利根川水系におけるホルムアルデヒドによる水道への影響について(第5報) 厚生労働省

     

       浄水場では濃度の状況を把握しながらさまざまな対策を取っており、給水栓での水道水質基準の超過はなかったものの、千葉県内の5市(36万戸、87万人)で断水や給水制限等が発生した。

     

    ホルムアルデヒド濃度の推移

  • 【千葉県栗山浄水場におけるホルムアルデヒド濃度の推移】
  • 利根川水系におけるホルムアルデヒドによる水道への影響について(第5報) 厚生労働省に基づき作成
  •  

    水質事故の原因

       自治体等が原因究明を行った結果、ホルムアルデヒドは直接河川に排出されたのではなく、浄水場での化学反応により副生成したものであることが判明した。具体的には、高崎市内の廃棄物処理業者が、埼玉県内の金属製品のメッキ等を行う企業からヘキサメチレンテトラミンが高濃度に含まれた廃液の処分を委託され、その廃液の処理水を利根川に合流する排水路に放出したことに起因していた。ヘキサメチレンテトラミンは下流の浄水場に流下し、浄水処理過程で注入される塩素と反応し、ホルムアルデヒドが副生成したものであった。

       国立保健医療科学院では、水道原水のホルムアルデヒド生成能や利根川大堰地点の流量等から原因となったヘキサメチレンテトラミンの利根川水系への流入量を試算しており、その量は0.6t〜4t程度と推計されている。

    出典:水道水源における 消毒副生成物前駆物質汚染への対応について(厚生労働省)

     

    水濁法における事故時への対応

       水質汚濁防止法には水質事故等を想定して「指定物質」が規定されている。施設の破損などの事故が発生し、指定物質が河川等の公共用水域に排出されて人の健康や生活環境に被害を生じるおそれがあるときには、事故時の措置(応急措置の実施、事故の状況等についての都道府県知事への届出)が義務づけられている。

       従来、事故時の措置の対象となっていた物質は有害物質(例:カドミウム及びその化合物)と油(例:重油)であったが、平成23年4月からは新たに「指定物質」も事故時の措置の対象となり、「アクリル酸」等の物質が指定された(弊社では、これらの「指定物質」の選定に係る業務を実施)。

       今回の水質事故の原因となった「ヘキサメチレンテトラミン」については、今回の水質事故の発生を踏まえた専門家等による検討を経て、平成24年9月に「指定物質」として追加された。

     

    この事故により抽出された課題等

       今回の事故への対応については専門家等による議論が行われ、その検討結果として課題なども抽出された。

     ●  廃棄物処理の制度に係る課題 ●  

       廃棄物処理業者はヘキサメチレンテトラミンが含有されていることを認識せずに不十分な処理を行っており、委託した事業者からの情報伝達に問題があったことが確認された。その結果、廃棄物データシート(WDS)の仕組みを活用した情報伝達の見直しの必要性も、今後の検討事項として挙げられた。

     

     ●  類似の事故の可能性のある物質への対応 ●  

       今回のヘキサメチレンテトラミンのような前駆物質(浄水処理等によって別の有害な物質を生成するもの)は他にも存在すると考えられるが、事故の発生以前には十分な知見が得られていなかった。その結果、指定物質の選定においても前駆物質の存在は考慮されてこなかったが、このような前駆物質に対する知見の収集や対策の必要性が課題として抽出された。

      今回の水質事故の発生段階ではヘキサメチレンテトラミンは指定物質ではなかったが、水質汚濁防止法の指定物質になることで、水質事故を防ぐ効果はあるのだろうか。
       そもそも産業廃棄物処理業者はヘキサメチレンテトラミンが含有されているという事実を知らなかったことから、「事故」との認識には至らなかったようである。したがって、この問題は、上記の課題にも示したように、廃棄物処理に伴う情報伝達の仕組みの見直しによって対応することが考えられる。
       また、ヘキサメチレンテトラミンを水質汚濁防止法の指定物質に追加することで、「注意を要する物質」として周知される間接的な効果もあると考えられる。仮に水質事故が発生してしまったとしても、その後の速やかな対応が講じられていたなら、事故の影響を最小限に食い止めることができたものと考えられる。

      事業者は「水質事故」の発生を確実に認識し、応急措置と速やかな届出を必ず行うことになるだろうか。
       水質汚濁防止法では、「指定物質等が河川等の公共用水域などに排出されることで人の健康や生活環境に係る被害を生ずるおそれがあるとき」に事故時の措置を講じる必要があると規定している。この「被害を生ずるおそれ」という基準は定性的なものであるが、排出濃度や排出量として客観的な基準を設けても実効性が担保されない等の考えに基づいている。
       このように、事故時の措置を講ずる必要性について、法令の中で客観的な基準は設けられていない。したがって、この規定の「遵守」は、「魚の大量死」など被害が顕在化する場合を除き、事業者の「良識」によることになると考えられる。